iPadが発売されて以降、電子書籍の話題に事欠かないものの、それはまだ黎明期に過ぎず、混乱と試行錯誤が続いているのはご存じの通り。特に日本の状況は悲惨で、Kindle StoreやiBookstoreが正式オープンしていないことや、その場しのぎ感の強い魑魅魍魎が徘徊していることで、ワケ分かんない状態。しかし、混乱が収まるまで指をくわえて待つほど悠長じゃないので、さっさと見切り発車するのが吉。ってことで、拙著「aのかたち」をiBookstoreから出版しました。その顛末をば少々書いておきますね。
iBookstoreなるプラットフォーム
電子書籍を出版するには何らかのプラットフォームを選択することが必要なので、まずはiBookstoreをチョイス。これは他を圧倒する絶大な成功を収めたiTunes StoreやApp Storeに続く第3弾プラットフォームであると同時に、冷静に判断しても現時点で最も優秀な存在だと思うから。
プラットフォームの条件としては、著者から考えると出版の平等性、収益性、国際性などが重要であり、読者からすれば読書の体験性、機能性、共有性などが求められているハズ。出版プラットフォームであるiBookstoreも、読書プラットフォームであるiBooksアプリケーションも、これらの条件を100%満たすにはほど遠いけど、他のプラットフォームより数歩進んでいるんじゃないかな。
個人的に重要だったのは、いわゆる出版社やアグリゲータを必要とせず、個人出版ができること。優れた専門性は否定しないけど、旧態依然としたギョーカイと付き合う気はナイからね。むしろ、個人としての限界を明確に認識した上で、専門的な職能を要請するべきだと思う。そのためには盲目的な出版社依存ではなく、独立した個人としての出版経験が必要だったワケ。
とは言うものの、実際には学内プロジェクトの一環としてIAMAS電子書籍部隊を結成し、学生&教員の有志チームとして作業をしました。なので厳密には「個人」ではないけど、志を同じくする「素人集団」が未知の分野に挑んだってことです。ただし、素人なのは電子出版に対してであって、コンテンツやデザイン、オーサリングなどに関しては優秀ですよ(たぶん)。
ePubのオーサリング
さて、iBookstoreおよびiBooksアプリケーションがサポートするファイル・フォーマットはePubとPDFの2つ。PDFは非常にポピュラーなので現状ではメリットが多いものの、紙印刷を前提としている後ろ向きの規格なので未来はないと勝手に断言。よってePubをフォーマットとして選択。
ePub形式の電子書籍を作成するためのオーサリング・ソフトはいくつか存在するけど、その中で今回はフリーウェア(オープンソース,ドネーションウェア)であるSigilを利用。SigilのWYSIWYGエディタで大まかな構成を作りながら、コードエディタでXHTMLやCSSの細かな調整を行なう。実際にはiBooksの挙動を確認しながら、コードを調整することは欠かせない。表紙を含めて画像の整形も重要な行程だし、最終的にはEpubCheckでの検査でエラーがない状態にしておくことが必須。
iBookstoreへの申請
オーサリングが完了すれば、iBookstoreに出版申請する。この時に書籍の基本情報に加えて、以下の情報が必要になる。
- Apple ID
- U.S. Tax ID
- ISBN
- 銀行口座
いずれも難しくはないし、iPhoneアプリケーション開発者ならISBN以外は既に情報を持っているハズ。ちなみに、U.S. Tax IDはアメリカ国税庁(IRS)に申請しなきゃならないし(電話なら即時交付)、ISBNは取得に3週間程かかる(ISBNは個人取得の時代)。銀行口座はZenginコードも必要ね。
実際の申請は、iTunes Online ApplicationからBooksを選んで行なう。このサイトでは出版者の情報(Contracts, Tax & Banking)を登録した後、同サイトからダウンロードできるiTunes Producerなるアプリケーションで書籍の情報登録とアップロードを行なう。一連の過程はスクリーン・キャプチャしておいたけど、詳しく公開することは難がありそうなので、サムネールだけにしておくね。作業量はなんとなく分かるかな。私の場合は、あれやこれやで2時間弱かかりました。
iBookstoreでの審査
iBookstoreへ出版申請した書籍の審査状況はiTunes Connectで確認可能。ただし、App Storeなら審査結果をメールで知らせてくれるけど、iBookstoreはそんなに親切ではないらしい。申請後10日程経過した時点でiTunes Connectを覗くと「Removed from Sale」と表示されていてビックリ。なぜRemovedなのかも分からない。
しばらく待っても進展はなさそうなので、Appleに問い合わせると「the text in the ePub file is all question marks.」との返事。そんな訳はないだろ〜と思いながら、iBooksでのスクリーン・キャプチャを付けて再確認してくれとお願いしつつ、同じePubデータを再サブミット。そして1週間程後にはメデタく「Ready for Sale」になってました。USなどのアカウントでiBookstoreを開くと、バッチリ書籍がありました。
審査に何日要したのかは、お知らせメールが来るわけではないので、正確には分からない。iBookstoreにも2週間ルールが適用されているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。問合せにはすぐ返事が来たものの、最初にサブミットしたePubデータが文字化けしていたという原因も不明のまま。結果オーライとするしかないのかな〜。
iBookstoreの印象
そんなこんなで多少の紆余曲折があったものの、なんとか無事にiBookstoreで日本語ePub電子書籍をリリースすることができた次第。申請過程はApp Storeと似ている点もあるけど、勝手が違う点も多いですね。出版後に書籍自体をアップデートできるのか?とか書籍情報や価格を変更できるのか?とか、まだ分かっていないこともあります。このあたり、ご存じの方は是非教えてくださいませ!
全体としての結論は、個人でも簡単にiBookstoreで出版ができる、日本語書籍であっても問題はない、ってこと。ePub書籍の作成はWEBサイトの作成と同じようなものなので、これまた難しくはない。iBookstoreもiBooksも改良の余地アリだし、ノウハウも必要だけど、スタートした頃のApp StoreやiPhone OSを思い出せば、そんなものでしょうって感じ。これから急速に改善されることを期待していいんじゃないかな。良くも悪くもAppleはモンスターだってことを忘れちゃイケナイ。
ただ、日本のアカウントで有料書籍が購入できないのはツライよね。だけど、これも早晩解決するハズ(と思いたい)。かつてiTunes Music Storeが国内オープンするまでにUSに遅れること2年程かかったのは数年前の話。今のご時世に数ヵ月もかかるとすれば、出版ギョーカイを見限ったほうがいいと思うな。私ごときが見限っても誰も困らないけど、いずれ無視できない動きが始まるハズ(と思いたい)。国内での書籍の電子化はギョーカイではなく、個人(著者、編者、読者)から起こる。これ私の予言。