No Disc, No Computer

キーノートで発表された、もうひとつの目玉はiTunes/Apple TVでの映画レンタル(HDを含む)ですね。先週話題になっていたBlu-rayとHD DVDのフォーマット戦争の終結云々なんて、完全に吹き飛びました。何度か書いたように、デジタル・コンテンツには価値がナイのです。もう少し丁寧に書くと、デジタル化されたコンテンツによって利益を得ようとする仕組は、本質的に虚構でしかない、ってことね。

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新しいApple TVの紹介で、それとはなくNo Computer Requiredと宣言していたことも象徴的。これまた何度も、コンピュータはオシマイって言ってきたでしょ。iPhoneやApple TVとともに、2008年はこれが加速されるハズね。今あるApple TVも無償アップデートで対応ってことで楽しみだけど、鎖国日本じゃ提供されるモノは乏しいかもね(暗雲)。

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【追記】初出時に「No Digital Contents, No Computer」としていた記事タイトルを少し変えました。デジタル・コンテンツが不要って主張したい訳ではないので。

No Disc, No Computer」への2件のフィードバック

  1. sakamoto

    デジタル・コンテンツ自体に価値がないのではなくて、価値の交換を貨幣制度に依存していることに無理があるということだと思います。

    コンテンツの利用者側からすると、なんらかの形で提供者に謝意を示したいとは思っている。しかし、それが「お金」という形になると、払わなくてすむのなら払いたくない。というのが現状だと思います。

    提供者の側からしても、霞を食って生きていける訳ではないので、直接的か間接的かという違いはあっても、何らかの形で報酬が必要なわけで、提供者と利用者の間で謝意=価値を貨幣よりも効率よく交換できる仕組みが、ことデジタルコンテンツに関しては求められているのではないでしょうか。
    果たしてそれはどういうものなのか?凡人の私には「すべての人が、お金ではなく善意に基づいてサービスを提供し合う互助社会」というユートピア的発想しか浮かばないのですが、早晩貨幣制度はいずれにせよ形を変えていくのではないかと思います。

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  2. 赤松 正行

    コメントありがとうございます。

    > デジタル・コンテンツ自体に価値がないのではなくて、価値の交換を貨幣制度に依存していることに無理があるということだと思います。

    私もデジタルにせよアナログにせよコンテンツそのものに価値はあると思うのですが、デジタイズ(レンダリング)した瞬間に別のものになると思っています。確かに、価値の交換と貨幣制度の問題ですね。現在の仕組みは、デジタル・コンテンツもデジタル・メディアも阻害しているように思えます。

    > 提供者と利用者の間で謝意=価値を貨幣よりも効率よく交換できる仕組みが、ことデジタルコンテンツに関しては求められている

    なるほどなるほど。それが分かれば誰も苦労していないですが(笑)、それ、何でしょうね? これは難問極まりないし、私も何ら指針を持っている訳ではないですけど、真剣に考えたいことです。

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